11 失望によってヒトは死に至る

医師の一言を誤解したための悲劇

プラシーボ応答の持つ力は恐るべきものがある。

前項のライトのように希望を持つことでプラシーボ応答がプラスにはたらき、がんが治癒することもあれば、 逆に、プラシーボ応答がマイナスにはたらき、本来、死ぬはずのない患者が死ぬことさえある。

マイナスのプラシーボ応答は、治癒に非常に悪影響をおよぼすので、わざわざ「ノシボー応答」と呼ばねている。

アメリカの著名な心臓外科医バーナード・ロウンは、強力なノシボー応答を記録している。

それは、ある心臓病患者が、「彼女が死ぬ」と医師が話していたと思い込んで、本当に死んでしまつた、というものである。

心臓外科医になりたてのロウンは、患者のS婦人を受け持った心臓外科の権威の指導のもとで勤務していた。

S婦人は、右心房と右心室の間にある弁が狭くなる三尖弁□狭窄という病気にかかっていた。

この病気自体は生命への危険はない。

彼女にはこのほかに心臓の充血がややあったが、薬でうまくコントロールできていた。

そんな彼女に大事件が起こつた。

その当日、検査を受けるために病院に来ていたS婦人の状態は、いつものように安定していた。

そこへ年輩の心臓外科医が研修医や学生を引き連れて彼女の部屋にやってきた。

彼らは、彼女を話し合いには入れず、自分たちで話し合っていた。

そして、彼らが部屋から出ていくとき、年輩の心臓外科医は「この婦人はTSである」とポツリと話した。

TSはTricuspid Stenosis(三尖弁□狭窄)の省略である。

少したって部屋にやってきたロウンは、S婦人をみてびっくり仰天。

彼女は極端な不安のためにすつかり怯え、ぶるぶる震え、呼吸が非常に速くなっていたからだ。

まつたく問題のなかった彼女の肺は、パチパチという音を発している。

これは心臓が悪化する前ぶれである。

ロウンが「どうしたのですか?」とたずねると、彼女は「先生が、わたしが死ぬのは確実だといいました」と答えた。

ロウンは、医師がそんなことをいうはずがないと強く主張した。

だが、S婦人はしっかりと答えた。

「わたしはこの耳でたしかに聞いたのです。先生は、わたしがTSであるといいました。 わたしはこの意味を知つています。Terminal situation(最期の段階)です。医師は患者に本当のことを決していいません。 でも、わたしには先生の言葉の意味がわかるんです」

ロウンは彼女の誤解を解こうと必死に話したが、功を奏することはなかった。

彼女の心臓病に関する根本的な変化を示す客観的な証拠は皆無であつたにもかかわらず、 彼女の心臓は、まるで坂を転げ落ちるボールのように悪化していつた。

そして同日、彼女は亡くなった。

失望によるノシボー応答によって、彼女は死んだのである。

ノシボー応答による死は、「ブードゥー死(Voodoo death=呪による死)」とも呼ばれ、 シャーマニズムの社会にもみられる現象である。

これは、悪い魔法医に呪われた人が、床についてしまい、食事もとらず、 破局を運命とあきらめ、誰とも会いたがらず、食べることを拒否し、孤独のうちに呪われてから2週間くらいで死んでいく、というものだ。

この現象は医学的にも研究されている。

死のしくみは、副交感神経が異常に興奮してしまい、心臓の鼓動を極端に弱め、やがて停止させてしまうと理解されている。

失望は死の大きな危険因子である。

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免疫と自然治癒力のしくみ